《MUMEI》

「二郎、まさか行くのか?」

七生に気付かれてはいけない。


「ちがうよ」


「帰るんだよな?」


「用事がある……」

見え透いた嘘だ。


「行かせないからな。」


「急な用事なんだ!」

捕まえられた手を振り切りたいが握力が強くて離れない。


「馬鹿!」

七生のキスの味……いつしか忘れかけてた。今、はっきり記録した。
一瞬だったけど、七生の感覚が俺に入ってく。


「……そっちこそ馬鹿!」

突然の路チューの意味を理解できない。
今はそれどころじゃないのに。


「馬鹿だけど考えてる!
今、捨てられるんだ。二郎に捨てられるんだ。安西の方へ行くな!」

駄々をこねる子供だ。


「捨てないよ、そんな発想よく思い付くよな。
七生、俺は七生のこと捨てないよ。俺達はもうどこか、ずっと深いとこで繋がってるんだから。
七生が俺を捨てない限り、俺は七生のところにちゃんと帰ってくるよ。俺だってまだ安西が怖い、でも、同時に死が怖い。」

安西の、偽りのない言葉達が、死んでくのが怖い。

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