《MUMEI》
二つの記憶
話を理解出来ずに、戸惑いの表情を隠せない加奈子を見て、男は苦笑した。

「わかんねぇよな、いきなりこんな話されても。」

「うん…」

「だよな。俺自信、一体コレが何なのかわからないんだ。記憶がないから。」

「記憶…?」

「あぁ。5歳からの、両親が死んだあの日からの記憶が一切ないんだ。
気付いたら大人になっててそして…
気付いたら何かから逃げていた。」

「逃げる…?」

「あんたと初めて出会った日、あの時俺は走って、走って…逃げていたんだ、何かから…。」


じゃあ、あの時の傷は…


「ただ、分かってる事が二つある。」

あの時傷を負っていたその場所を、男は摩りながら言った。

「多分…俺は命を狙われている。」
「…かもね。」

加奈子もその場所を見ながらポツリと呟く。

「正直な奴…。」
「嘘付けない性格だから…。」
隠したところでどうせ顔に出てしまうのだ。
ならばいっその事、正直に口に出してしまった方が楽だった。

「そうだな。あんた、顔に出るもんな…」


「……。もう一つは?」

加奈子はムスッとしながら、もう一つの記憶を聞いた。
「ん?あぁ…俺、二十歳になった初めての満月の夜に、人間じゃなくなるらしい…」

シビアな表情で言う割りには、余りに非現実的な内容。

「狼人間なの?」

何かのジョークではないかと加奈子は薄ら笑う。
しかし男は真面目に加奈子を見て言った。

「信じられないのは分かるがな、コレを見ても笑えるか?」
男はそう言うと、変型した手を差し出した。


そうだ…
この手が何よりの証拠…


加奈子は再び黙り込んでしまった。

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