《MUMEI》
ユタのオバァ
「話は分かったから、どれ本人を見てみようかね。」
オバァはそう言うと横に寝ている男の背中を摩り始めた右から左、下から上、さらには右回り左回りとブツブツと何か分からぬ言葉を唱えながら続けた。みんなはそれを固唾を飲みながら見ていた。5分くらい経っただろうか、突然、それまで何の反応も示さなかった男がウーウーと声を出し唸り始めた。さすがにオバァも念を入れて摩っているせいなのか額にうっすらと汗をかいている。それを見ていた親方が金城に目配せをしたら腰に下げていたタオルでオバァの汗を拭いた。
すると今度は背中をドンドンと小刻みに叩き始めた。マブヤーマブヤーと言う念仏に似たニュアンスの声が叩くリズムと重なって知らないうちに客たちもまた口ずさんでいた。
「ウーンウーン」
唸り声がウーからウーンウーンに変わり手や足の指先が小刻みに奮え出した。
「ほら息を吹き返したよ。動き始めてるさぁ。」
金城が目を丸くして驚いた顔で呟いた。
親方が金城の額をピシャッと叩いた。
「フラー(馬鹿)か?吹き返すってアンタ、死んでたんじゃないからね。」
金城が頭を掻きながら謝った。
客たちはこの雰囲気の中、騒ぐ訳ももちろん、声を出す訳にもいかなかった。数人飽きてしまった客が飲み代を払わず片手を上げ合図をすると音を立てないように店から出て帰って行った。それはまた次来た時に払うからねという暗黙の了解だった。
オバァの念仏がしばらく続いたその時、しゃっくりのような奇声を上げ始めた。ヒックヒック、その奇声の間隔が段々速まり飲み過ぎた酔っ払いがヘドを吐く前触れのような感じがした。マスターが急ぎトイレから持って来たバケツを用意して備えた。
ヒックヒック、奇声がさらに高まり遂に口からブファーと言う音とともにヘドが吹き出た。ところがそのヘドの匂いがただの酔っ払いの饐えた汚物の匂いとは違いなんとも酷い匂いだった。それはまるで腐ったドブの匂いとでも言うのかこの世の腐った物をすべて集めてブレンドしたようなとにかく酷い悪臭だった。何人かの客はたまらず鼻を手で覆って店の外に飛び出した。至近で覗き込んでいた金城はまともに匂いを嗅いでしまい気を失ってその場にへたり込んでしまった。
「水を汲んできて、飲ます水だよ。」
オバァがそう叫ぶので慌ててマスターがジョッキに水を汲んで来た。
「これじゃ足らないはず、一升瓶に入れて!」
同じオバァの声とは思えない大声だったのでみんなは驚いた。
「ホイ、オバァ水だよ。他になんかいる?」
それを聞いたオバァはテキパキと指示をした。
まるで別人のような豹変ぶりに皆は圧倒されて妙な緊張感が店内に漂っていた。
「熱いタオルに灰、タバコの灰はダメだからね、あとは月桃の葉っぱだね、なければ沖縄バナナの葉っぱでも構わん、それとコップに泡盛、古酒でないとダメだよ。それだけ急いで集めて、早くだよ。」
そう言って気がつき始めた男の額に手を充てると再びあの念仏めいた言葉を唱え出した。
マスターはオバァの指示した物を物色し始めた。「大体は揃うけど月桃の葉っぱだけは無いからさ、誰が見つけられんかね?」
みんなそれぞれ考えていた。月桃の葉っぱは生姜系の根草で葉っぱに殺菌効果があることから腐るのを防ぐために生ものを包んだりすれのに使われるものだった。
「清明祭は終わったからさムーチンはもう売ってないさね、」
ムーチンとは先祖供養の墓参りの時に作る餅の事でそれを包むのに月桃の歯を使った。
「あっ、あるよある、宝寿司で下駄の代わりに使ってるのを見たことあるさ、急いで見てこようね、」
鳶な親方がそう言って見てくるように金城に命じた。金城は慌てて飛び出して行った。
「出前してるんだから電話したら分かるのに、」
親方はなるほどとうなづいてポケットから携帯を出して電話をし始めた。
マスターがオバァの側に立って男の様子を見ようと覗き込んだ。
「側に来るとアンタにマブイが乗り移るといかんから離れていなさい。」
慌ててマスターは遠退いた。
「葉っぱはあるってさ、少し生臭いかもしらんが金城に持たせるからってさ、」
「よーし、これで揃ったね、」
マスターはオバァにも聞こえるように安堵して言った。

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