《MUMEI》

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−−−わたしが目の当たりにしたそれは、





うさん臭い、男のひとだった。





薄汚れた白のタンクトップに、職人のようなだぼだぼのワークパンツ。

髪の毛は男のひとにしては長く、ゴムで簡単に束ねていて、だらし無い印象を受けた。

惜し気もなくさらしている腕は逞しく、健康的に日焼けした肩の肌には、ヘンテコなモチーフのタトゥーまで彫ってあった。



そんな出で立ちの《彼》は、このお店の穏やかな雰囲気から完全に浮いていて、別の世界からやって来た《異端児》のようにうつった。



そして………。



なにより、気になったのは、



《彼》が手にしている、スプレー缶。



塗装用インクが入っているカラースプレーを、脇目も振らず、引っ切りなしに物色しているのだ。

《彼》の足元にはお店のカゴが置いてあり、《彼》がチョイスしたであろう、大量のスプレーが入っていた。





−−−《グラフィティ》とは、


スプレーやフェルトペンなどを使い、壁などに描かれた絵・文字である………。





突然、そんな文章を、どこかのインターネットサイトで読んだこと思い出し、わたしは呆然とした。





…………もしかして。





『ある可能性』が、電流のようにわたしの頭の中を駆け巡る。





わたしは、《彼》の横顔を見つめた。


《彼》は、わたしの存在に気づいていないようで、スプレーを棚に戻したり、引っ張りだしたり、いまだあさっている。





…………このひと、





《ライター》!?





−−−そう、思いついた瞬間には、



わたしは、《彼》に物凄い剣幕で、掴みかかっていた。





「ちょっとアンタッ!!」


大声を張り上げて言うと、《彼》は驚いたような顔をして振り返った。

わたしは《彼》の顔を鋭く睨みつける。


「ソレ、なにに使うのよ!?」


わたしの不躾な質問に、《彼》は眉をひそめた。一度、手にしているスプレーを見遣り、それから半眼でわたしを睨む。


「……あんたに関係ないだろ??」


冷静に言い返してくる。

当たり前といえば当たり前だが、《彼》が例の《ライター》だと確信したわたしには、その言い方が、なんだかカンに障った。

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