《MUMEI》
一章:二
村が消えた後、其処に住み着いたのは世捨て人であった。
彼は自らを茅(カヤ)と名乗っており、真名──本名──は彼の胸の内にだけ秘められたるものである。
村跡には茅以外誰も住んでおらず、隣町に行くのにも結構な距離があり、其処に近付く者は皆無に近い程だ。
そして、最後に神隠しに遭ったとされる史歩が、生きていれば拾伍歳になっていたであろう年のこと。
円になった満月が浮かぶ日の晩だった。
闇の中で、月は何かに怒っているような紅い色彩を解き放つ。
畑から庵に帰る山中、茅は月を見上げた。
見事な満月なのに、何故か胸が騒ぐ。
紅く発色する月に不吉な予感が彼を支配していた。
早く帰ろう、と担ぐ農具を背負い直し足を速める。
手に持つ提灯で頼りない足元を照らし、無心を心掛けて庵まで急いだ。
「まっ……て」
小屋まで約百丈──凡そ300メートル──の距離まで辿り着いた時だった。
何処からか、か細い声がしたような気がして、茅は足を止める。
滅多に人の来ない山中だ。
気のせいか、とも思ったが念の為に提灯でグルリと辺り一面を照らしてみる。
ガサリ、と一丈──3メートル──先の叢が音を立てた。
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