《MUMEI》

「……今の、一体何だったの?」
恐怖に腰を抜かしてしまったらしい女性が床へと座り込み
呆然と呟く
手を差し出してやれば、ふらつきながらも何とか立ち上がっていた
「お怪我は、無いですか?」
怯えるかの様に身を震わせる女性へ
その身体を支えてやれば頷いたのが知れた
「私なら、大丈夫。あなたこそお怪我とかは……」
「大丈夫ですよ。それより、この手の件ですが、もしかしてお宅の近所にラング・ユーリ氏の邸があったりしませんか?」
「は、はい。すぐ後ろに。それが一体……」
「いえ、何でも。では調査が終了次第御連絡致しますので」
「解りました。お願いします」
深々と頭を下げ、女性は事務所を後に
その背を見送ると、脱力し、ソファへと身を投げ出して
痛みが引き起こす頭痛に、唯耐える
「やっぱもう一回調べてみるしかねぇか」
ラング・ユーリとその周辺
以前の調査ではマリアが人形である事を確認しただけ
もう少し真面目にやっておけば、と後悔するも既に後の祭りだった
一人きりの室内。外の騒音ばかりが耳に障る
ソレに顔を顰めていると、戸の開く音が微か
そちらへと向いて直る
「所長……」
出先から戻ってきたらしいライラ
不安げな表情の彼女。そんな彼女にお帰りと頼りない笑みを向けた
「早かったな。仕事、貰ってきたか?」
「はい。簡単な事でしたのでその場で済ませて来ました」
「そか。御苦労さん」
ソファから僅かに身を起しながら労ってやれば
ライラがゆるり歩み寄り、サキの肩話へと腰を降ろしてくる
そして、サキの額へと徐に手をやった
「どうかしたか?」
「顔色が悪いので、熱でもあるのかと思いまして」
「そんなもん無ぇよ」
「みたいですね。それで、一体何があったんです?」
サキの様子に不安げなライラ
額に掛る長い前髪を掻き上げてやりながら苦笑を浮かべる
「ちとしくじっただけだ。そんな顔してくれるな」
「しくじったって、何を……」
「血、触られただけだ。気を付けてはいたんだがな」
「だ、大丈夫ですか!?」
「平気だよ。若干気分は優れんがな。それに」
ライラの髪から指を離すと、床に転がったままの手を拾い上げ
これのお陰で仕事が出来た、とまた苦い顔だ
「それは、人形ですか?」
確かめる様に答えるライラへ
サキは頷いて返す
「これが唯の人形なら、こっちが騒動する必要もないんだが」
「……普通じゃ無いんですね」
「御名答だ。で、普通じゃねぇって事はだ。どういう事か分かるよな?」
「……魂を持つ、人形ですか?」
「当たり。それでだ。申し訳ないが、ラング・ユーリの件、もう一回探らせて貰ってもいいか?」
そう言いだした先の顔は険しく
珍しいその顔に、ライラはため息を返事代りに一つ
「毎回悪いな、ライラ」
苦笑を浮かべながら彼女の頭で手を弾ませるとサキは徐に踵を返す
何所へ行くのか、と問う声に首だけを振り向かせ
ゴーリィの処だと返せば、ライラはそれ以上を聞こうとはせず軽く手を振って見せ
サキも手をあげて返すと出掛けて行った
「ゴーリィ、居るか?」
目的地に到着しその姿を探す
サキの来訪に気が付いたゴーリィが、身を寛げていたソファから大儀気に身を起して
欠伸をおまけに歩み寄って来た
「何だよ、サキ。また来たのか」
珍しい、と笑うゴーリィへ
笑みを浮かべて返すのもそこそこに、サキはゴーリィの腕を取って掴む
「……テメェ、何か企んでるだろ」
すぐさま表情を消したサキへ
ゴーリィは相反して口元に笑みを浮かべる
どうやらサキの企てに気付いている様で
サキへと一通の茶封筒を手渡した
「ラング・ユーリ宅の家宅捜索許可証だ。あんまやりすぎんなよ」
「随分と仕事が早いな」
「手間取ってお前に殺されたくはないんでな」
さっさと行って来い、と手で追いやられ
肩を軽く揺らしながらサキは踵を返し、手を振りながらその場を後にした
戴いた紙切れを指先で遊ばせながら歩いて
外へと出た矢先のことだった
向かいから歩いてくる人の影
その人影に、サキは嫌という程見覚えがあった
「久しいな。サキ・ヴァレンティ」
かつて勤めていた国直属の軍隊、その上司だったドラーク・ブルーナ
二度と見たくなどないと思っていた顔に、サキは明らかに顔を顰める

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