《MUMEI》

「本当に来やがったか」
清々しい程はっきりと怪訝な顔をしてみせる田畑
だが篠原は気に掛ける事はなく
挨拶もそこそこに上がり込んでいた
「いらっしゃいませ。篠原さん」
図々しくも勝手にソファへと腰を降ろした篠原達へ
台所にいたらしい田畑の女房が茶を持って現れた
短く礼を言い、それを受け取り一口
「……で?こんな朝っぱらから人ン家に何しに来た理由は何だ?」
我が物顔で茶を啜る篠原へ
田畑は迷惑そうな顔をしながらも用件は問うてくる
残りの茶を一気に飲み干した篠原が一息ついた後
傍らに行儀よく腰かけているショコラを指差した
「で?このチビがどうかしたのか?」
ショコラを指差すばかりで語る事を始めない篠原へ
田畑が早々に痺れを切らす
問うて迫ってくる田畑に
篠原は一息つくと、事の次第の説明を始める
「……成程」
荒方を聞き終えた田畑が、さして興味なさげに呟いた
傍らの家内へと何故か向いて直れば、彼女は暫くショコラと向井あったままで
そして徐に頷く事をする
何かを理解したらしいのだが、それを篠原に語る事はせず
「ま、お前にも幸せが来たってことだ。大事にしろよ」
それだけを言うと、追いやる様に手をちらつかせ帰る様促してきた
結局、事の解決には至らず、篠原は田畑宅を後に
走る車内
互いに交わす言葉が無く無音ばかりの其処に
その沈黙を破ったのはショコラだった
「恭也」
「何?」
「……ショコラは、邪魔?」
唐突な問いに、篠原は思わずブレーキを急に踏む
未だショコラと交わす言葉が少ない篠原にそういう考えに至ったらしく
不安げなその顔に、困り果てた篠原は髪を掻いて乱した
邪魔だと感じた事はない
取り敢えず今はそれだけを伝えてやろうと篠原の手がショコラの頭の上へ
「……邪魔なんて思ってねぇから。そんな面すんな」
どう接していいのか解らなくはあるのだが
成るべく怯えさせる事が無いようにと気遣いながら
指先で髪を梳いてやった
たったそれだけの仕草
だがショコラに触れるその手は優しく、安堵の表情を浮かべる
張りつめていた空気が和らいだ、その直後
空腹だったのかショコラの腹の虫が車内に響き
突然のそれに篠原は微かに吹き出し
ショコラは恥ずかしいのか、顔を朱に染め伏せてしまった
「何か、食って帰るか」
笑う声を含ませながらの篠原のソレに
だがショコラは恥ずかしさのあまり返す事は出来なかった
返る声が無いのを諾と篠原は自己解釈し
目的地を近くのファミレスへ
「好きなモン食っていいぞ」
メニューをショコラへと開いて見せてやれば
だがそれすら見る事が初めてなのか
ショコラはメニューを捲りながら小首ばかり傾げる
眉間に皺すらよせメニューと向かい合う事数分
これがいい、との小声でショコラが指差したものは
チョコレートパフェ
食事もせずいきなりデザートかという突っ込みを、この時は取り敢えずする事はせず
注文の為店員を呼びとめた
「カレーとチョコレートパフェ」
自身のを付け加え注文を終えると、何気なしに右腕の時計を見やる
AM6:00
食べ終えたら仕事に行かなくては、と篠原は深々と溜息を零していた
その溜息を聞き、ショコラの身が僅かに震える
篠原の様子を伺う様な上目使いに
何を思ったのか、篠原は徐に自身の身の回りの鍵を束ねているソレをポケットから取って出すと
その中の一つを取り外しショコラの前へ
「……コレ、何?」
一応はソレを受け取り、だがやはりそれが何かが解らないショコラは首を傾げる
その問いに、篠原は飲んでいたお冷をテーブルへと置くと
その鍵を指差しながら
「……ウチの鍵だ。一応、持っとけ」
それだけを言ってやり
丁度そこでメニューが運ばれてきた
それ以上何を言う様子もなく、早々にカレーを食べ始める篠原
黙々と食べ進める篠原を見、ショコラも食べる事を急いで始める
冷たくて、甘いチョコレートパフェ
小さなショコラにその量は想像以上に多く
一生懸命食べ進めるその様に
篠原はカレーのスプーンをお冷のグラスbにつけ軽く洗うと
およそデザート向きではないその大きめのスプーンでパフェを一口掬いあげていた

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