《MUMEI》

《彼》の台詞を聞いた竹内さんも、それに同意するように頷いた。


「ここのひとは、みんな優しくて親切だもんね。時間を忘れてゆっくりするなんて、今の時代、意識してもなかなか出来ないよ」


二人の言葉にトメばあちゃんは喜んだ。皺くちゃの瞼に窪んでいる瞳を潤ませながら、「ありがとう……」と消え入りそうな声で呟いた。





わたしたちの間を、ゆったりとした風が通り過ぎて行った−−−−。










まんじゅうとお茶を満喫しているわたしに、

《彼》が突然、思い出したように言った。


「………そういや、《ライター》っつーのは、一体なんのこと??」


その台詞にわたしはハッとする。

シャッターに描かれた《グラフィティ》を塗り潰さなければなかなかったことを、すっかり忘れていた。出掛けたまま帰らないから、きっとじいちゃんが心配している。

わたしは立ち上がり、足元に置いていたペンキが入っている袋を抱えあげる。


「大変ッ!!早く帰らなきゃ!!」


大慌てで自転車に駆け寄ると、《彼》が「ムシかよ…」とぼやき、眉をひそめた。


「なんなんだよ、お前。忙しいヤツだなぁ」


呆れたようにため息をついた。わたしは《彼》に振り返り、半眼で睨む。


「のんびりしてるヒマなんてないの。これからシャッター塗り替えなきゃならないんだから」


わたしの返事に竹内さんが「シャッターの塗り替え??」と、不思議そうな顔をした。

わたしは頷く。


「お店のシャッターに《グラフィティ》描かれちゃって。気持ち悪いし、早く消したいから」


答えながら、ペンキの袋を掲げて見せた。


すると、《彼》が視線を鋭くして、


ぽつんと呟いた。





「《グラフィティ》?」





《彼》は睨みつけるような目つきのまま、つづける。


「じゃ、《ライター》っていうのは、その《グラフィティ》の書き手のこと言ってんの??」


なんでそのことを知っているのだろうと思ったが、《彼》が美大生だということを思い出し、『アート』として知識があるのだろうと、ひとりで納得した。

わたしは《彼》の剣幕に気圧されながら、やっとのことで頷き返した。


「……2年まえくらいから、この商店街のシャッターが標的にされてるの。定期的に趣味の悪い落書きをされて」


わたしの言葉にトメばあちゃんが付け足す。


「消しても消しても、また描かれて……お巡りさんにもパトロールお願いしてるんだけどねぇ……だれの仕業なのか、分からないのよ」


トメばあちゃんは疲れたようにため息をつく。

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