《MUMEI》
一章:九
史歩の目が見開かれて信じられないといった顔で茅を窺う。
「そ、そんなん嘘じゃ! おめぇさは此処に住んどるけ」
「私は世捨て人だ。誰もいないからこそ住居を此処に移した。残念だが本当のことなんだよ」
茅は眉尻を下げて彼の頭を軽く叩き、未だに低姿勢でいる史歩に、頭を上げなさいと優しく宣う。
床に拳を着けて史歩は唇を噛み締めた。
何れぐらいの刻が経ったのか、史歩は顔を上げる。
「すまねぇ、取り乱しただ。きっと、皆も何処かで上手くやってるべ」
「ああ、そうだと思うよ。……今日はもう遅い。そろそろ寝ないかい?」
気を取り直すかのように笑顔になる史歩につられ、茅も微笑みを浮かべた。
そして、口許を片手で押さえ眠そうに提案する。
「んだ。おらも疲れたけろ。あ、おめぇさ何処で寝るだか?」
頷くことで同意を示し、起こしていた上体を布団の上に沈めた。
が、ふと気付き尋ねる。
「適当な所に寝るから心配は無用だ」
「そうけ? んだら、おや」
「ほう、呑気なものだな。追われている身であることを忘れたか、史歩?」
すみ、と史歩が発音するのを邪魔したのは戸口が開く音と其処に立ち塞がる者の台詞だった。
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