《MUMEI》
2
「最近歩いての移動の方が少ないかもしれないな…」
一人呟きながら廊下を曲がった瞬間、

―ドンッ―

誰かにぶつかり、相手の持っていた書類が床に散った。

「すみませんっ、急いでいたもので…。」

「構わん。どうした?」

聞き覚えのある低い声に、バッと顔を上げた。

「ア、アズラエル様!!これは大変な失礼を!!」

「いや、歩きながら書類を見ていた私も悪い。」

跪こうとするサマエルを軽く手で制する。

彼の名はアズラエル、人間と天使の死を司る告死天使であり、彼の羽根で彼の持つ死の書に名を刻まれたものには等しく死が訪れる。
また現天界においては事務長官のような地位にある。
「どうしたのだ?」

彼は急いで書類を集めるサマエルに声をかけた。

「いえ、それが…ティアラ様がいらっしゃらないのです。」

「なんだと!」

「中庭などにもおられず…、ちょうど何かご存じでは、とアズラエル様をお尋ねしようかと。」

「いや、私も知らぬ。」

「そうですか…」

「しかし見つからぬとあれば直ちに捜索隊を編成しなくては!」

険しく緑碧の目をすがめるアズラエルの背後から、

「なぁに、そんな必要などないさ、過保護も度が過ぎやしないか?」

冷やかしのような声をかけてきたのはやや薄い金髪に淡い青の目をした天使だった。

「イスラフェル様!」

「お前か…」

直立したまま姿勢を正し敬礼するサマエルに対し、眉間にシワを寄せあからさまに不機嫌な顔をしたアズラエルに、

「ティアラもいつまでもガキじゃあないんだ、父親代わりを勤めたなら多少信用してやればいんじゃないのか?」

「お前に言われずともそんなことはわかっている。」
ズラリと耳についたピアスやカフス、着崩した制服やその口調からは<天界の遊び人>の二つ名はふさわしく思える。最も本来ならアズラエルと並ぶ古参の天使であり、<白焔の天使>と悪魔に恐れられる存在なのだが…。

「まぁそう不機嫌な顔をするな、この私がありがたくも行き先を教えてやろうといっとるんだ。」

―!!!

「それを早く言わんか!」
「それを早くおっしゃってください!!」

同時に口を開いた二人を面白そうに眺めながら、

「第一ゲートを通っていったからな、中間地点に居るんじゃないか?」

「ティアラ様!」

瞬く間に背に一対の翼を生やしサマエルは飛び去った。

「いやー、早い早い。」

「当たり前だ!あそこはただの中立地点!人界と同じく奴等も闊歩しているんだぞ!!」

「だから過保護すぎやしないかといっとるんだ〜、仮にも最高位なんだぞ?」

「話にならん!!」

踵を返し靴音を響かせながら去る一つに束ねられた深緑の髪が揺れる背中を見送りながら彼もまた反対に向かって歩きだした。
口許に愉快そうな笑みを浮かべて。

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