《MUMEI》
序章:虐待
ポツリ、と紙の上に水滴が落ちる。
目元に触れれば、其此は濡れていて驚いた。
鉛筆を置いて、手で涙を拭う。
色素の薄い髪が動きに合わせて揺れ、耳を隠す。
気分転換にと立ち上がり部屋の隅に置かれた本棚に近寄った。
本を読もうと思ったのに。
我関せずと床に座り込んだまま、無表情で絵本を読む知有を見て七は動いた。
七は言葉に力があることを知っている。
心を救いもするし、壊しもすることを。
知っていて使うのが罪深いことも解っている。
それでも、使うしかなかった。
「知有、何してんの。邪魔。まだそんなの読んでるんだ? やっぱ、馬鹿なんだね」
嘲笑を浮かべて見下す。
知有の顔には何も浮かばない。
聞いてすらいないのだろう。
感情、感覚、全てを七が奪ってしまったのだから。
重くなる気分を誤魔化すように知有の体に蹴りを入れる。
倒れても動くことのない表情が、七を責め続けていた。
本棚から一冊本を抜き取り、知有目掛けて投げ付け、七は狭い部屋から逃げ出した。
期待、羨望、足りない愛情。
全てが重くて捧げた生贄。
手に入れたのは更なる重責だけ。
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