《MUMEI》
序章:自己防衛
 殺せるものは全て殺した。
言葉、感情、羨望、己自身。
身に宿しても役に立たないもの全て、自分の中から消し去った。
暗闇に身を投じ、宇津井 知有という精神は世界からいなくなる。
光のない、その世界こそが彼にとっての楽園だったのだ。


 ただ怖いと想う。
もしも、其処に愛が無いのだとしたらどうなるのだろう。
憎しみ、憎悪、負の感情が全て己に降り掛かるのだ。
 馬鹿にしきった父母の顔が怖かった。
七に注がれる愛の代償かのように、知有には負だけが注がれる。
恐怖に震える体を抱き締めてくれる人などいなかった。
自分独りで抱えていくのだ。
 いつからだっただろうか。
七が笑わなくなった。
いや、表面上はにこやかな笑みを絶やさない。
それが、知有には怖く感じられた。
七が壊れてしまいそうで、恐ろしくなる。
それでも、何も出来ない。
知有自身、笑い方も泣き方も、生き方すら解らなくなっていた。
伝え方が解らない。
どうしたら、七に伝わるのだろうか。
 体に走る痛みに自分が蹴られたことを認識する。
七が見下している。
笑うことのない瞳を知有に向けて、傷付いた顔を必死で隠そうと嘲笑を浮かべていた。
胸が痛む。

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