《MUMEI》 . そのひとは、公園の木陰になっているベンチに座っていた。 なにをするわけでもなく、ぼんやりと遠くを見つめていた。 ベンチの傍には大きな毛足の長い犬がうろついていて、一心不乱に地面の臭いを嗅いでいた。おそらくはそのひとの犬なのだろう。 …………なにしてんだろ。 こんな暑い中、 犬なんか連れて。 俺はそのひとが気になり、足を止め、観察した。 そのひとは、不思議な雰囲気を醸し出していた。 白いTシャツにブルージーンズ、ビビッドイエローのつっかけという、適当な格好。 カラーリングしていない髪は短く、 化粧をしていない肌は、透き通るほどに白かった。 身体のラインは異常なくらい細くて、 それでも、胸元には小さな膨らみが確認出来る。 …………オンナ?? 遠くからじゃ、よくわかんないけど。 あの身体つきは、オトコじゃないな……。 俺は、そんな、どうでもいいことをひとりごちる。 しばらくすると。 彼女が、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。 俺は、息をのむ。 悲しいような、苦しいような。 いや。 むしろなにも、感じていないような、 無機質に輝く、その双眸………。 その瞳の輝きの深さに魅入られるように、 俺は、その場に立ち尽くした。 彼女は依然として、俺のことを見つめている。 すると、主人の視線に気づいたのか、犬までも俺の方へ顔を向けた。そして、なにかを期待するように、パタパタと長い尻尾を左右に振った。 −−−急に、気まずくなった。 俺は彼女から目を逸らし、ゆっくりと歩きはじめた。 けれどどうしても気になって、歩きながらもう一度だけ振り返る。 彼女はすでに俺から目を逸らしていて、犬の方を見つめ、なにかを命令していた。犬は主人を振り返り、その場にお座りをする。 …………なんなんだろ、あのひと。 首を傾げながら、俺は再び前を見据え、駅を目指した。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |