《MUMEI》 . そのひとは、公園の脇にのびる歩道にいた。 足を止め、そこからこちらを、ジーっと見つめているのだ。 わたしを見たり、ヒューを見たりして、ぼんやり立ち尽くしていた。 …………だれ? 知り合い、ではない。 ご近所のひとでもなさそうだ。 わたしはそのひとを、見つめ返した。 まだ、若い青年。 高校生か、もしくは大学生くらいか。 とにかく、わたしよりも年下に見える。 白地に、鮮やかなカラーのロゴがあしらわれたサーフ系のポロシャツ。裾が切りっぱなしになった、デニムのバミューダパンツに、足元はビーチサンダル。 イマドキの、若者の格好。 その腕に抱えられているのは、予備校生たちがよく手にしている、クリアのドキュメントファイル。 …………あんなコでも、 予備校とか、行くのかな。 彼の出で立ちを観察しながら、どうでもいいことを考えていた。 ヒューも気配に気づいたのか、地面から鼻先を離し、わたしと同じように彼を見つめる。そして、なにかを期待するように、パタパタと尻尾を左右に振った。 −−−途端、 彼は、気まずそうな顔をした。 突然、目を逸らされ、そのまま歩きはじめる。進む方向から、おそらく駅へ向かっているのだろう。 わたしは興味を無くし、彼を目で追うことはしなかった。 代わりに。 「………ヒュー」 名前を呼ぶと、ヒューは嬉しそうにわたしの顔を見た。わたしはヒューを見つめ返し、おすわり、と号令をかけると、彼はストンと地面にお尻をつけた。 「いい子ね」 気のない声で、褒めてあげる。それでもヒューはうれしそうだった。 わたしはなんとなくさっきの青年が気になり、顔をあげて姿を捜す。 彼は、わたしのことなど忘れてしまったかのように、スタスタと遠くへ離れて行った。 …………こうやって、忘れられていくのだろう。 大切な、ひとたちにも。 やるせない思いに、わたしは瞳を静かに閉じた。 . 前へ |次へ |
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