《MUMEI》
移動
「あの中か?」


守は無言で頷いた。


「…よう」


俺達が近付くと、黒い窓が開き


弘也と、弘也に捕まっている吉野の姿が見えた。


(久しぶりなのに、わかるもんだな)


先程の電話の声といい


今の姿といい、弘也だとすぐにわかる自分に俺は、戸惑った。


今日の弘也は、志貴と柊から聞いた姿では無かった。


前髪を下ろし、耳にはピアスを付けた弘也は、普通に二十代に見えた。


「吉野を離せ」

「お前がかわりに乗るならな」

「乗るから離せ。ただし、先に吉野を降ろせ」


即答した俺を見て、吉野は首を横に振った。


「いいから」


俺はドアを開け、吉野を引っ張った。


「ほら」


そしてそのまま守に押し付けると、自分は弘也の隣に座ってドアを閉めた。


「出せ」


弘也の言葉に運転手が無言で従う。


(つーか、こいつに従うヤツなんていたんだな)


走り出した車の中で俺は意外に冷静だった。


「素直に従うとは意外だったな」

「周りを巻き込むからだ」


柊と志貴には気をつけるように言ったが、まさか守と吉野を巻き込むとは完全に予想外で


あの場に俺がいてはいけないと思った。

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