《MUMEI》
序章:電話
それを、年端もいかぬ幼児がやったとは誰も考えたくないのだ。
だからこそ、不満があっても何も言えない。
ジレンマに襲われる。
 知らず知らず溜息が口を吐く。
向かいのデスクに座る神田の顔が此方に向いた。
ニヤニヤと笑いながら煙草を灰皿に押し付けている。
「なんだ、坂中。いっちょ前に悩み事か?」
神田は新人の榛伊を事あるごとに餓鬼扱いする。
他人を揶揄うのが好きなようだ。
「それは坂中君も人間だからねえ。悩みの一つや二つぐらいはあるでしょう、神田」
榛伊が口を開く前に第三者の声が降り掛かった。
振り返ると其処には署長の荻原(オギワラ)がにこやかな微笑みを浮かべて立っている。
両手には紙コップが握られていた。
「おう、荻原か。良いもん持ってんね」
神田が片手を上げ笑顔を向けるも、荻原はそれを無視して真っ直ぐに榛伊のデスクに歩み寄る。
片手の紙コップをデスクに置き、書類を覗き込んできた。
「うん、ちゃんと書けてますね。神田なんかよりよっぽど使える。これはご褒美の珈琲です、遠慮なくどうぞ」
「はあ、どうも」
額に青筋を立てる神田を横目に曖昧な相槌を打つ。
温かな紙コップを掴み一口含めば苦味が口一体に広がる。

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