《MUMEI》
序章:電話
荻原は一度頷いて隣のデスクから椅子を引き出した。
「僕は先程飲みましたから」
そう言って灰色の回転椅子に腰を降ろす。
荻原の態度はどこまでも柔らかい。
そうかい、と素っ気なく応え神田が紙コップに口を付けた。
満更でもないのか、決して荻原を見ようとしないところが、素直でない神田らしい。
荻原も愉しそうに目を細めている。
榛伊にしてみれば、居心地が悪いだけである。
故に、無視するように書類に目を落とした。
もう書くことは殆どないが、やけに青臭いシーンを直視したくなかった。
青春やら恋愛やら友情といった、所謂、人情的なもの全般、嫌いなのだった。
何とも言えぬ空気を破る電子音が響き渡る。
デスク上の電話が鳴いていた。
真っ先に出たのは神田であった。
「はい、此方N署捜査一課ですが、どちら様でしょうか」
普段からは想像出来ない丁寧な口調だ。
神田は一言二言、電話の向こうの相手と言葉を交わした後、榛伊に受話器を差し出した。
「坂中、電話だ。萩署の埖さんとやらから」
簡潔な説明だけで状況を把握しようと頭を働かせる。
取り敢えず、埖(ゴミ)という名に覚えはないし、萩署に知り合いもいない。
「埖さん、ですか? 俺に?」
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