《MUMEI》
一章:自傷
視界が赤に染まる。
割けた皮膚の下から、我先にと外に出たがる体液で、床に模様が出来ていた。
ポタポタと血液が滴る微かな水音にさえ、粟冠 倶利(サツカ クリ)の感覚は侵される。
視覚も聴覚も、倒錯的な状況に悲鳴を上げる。
それでも、痛みを伝える左腕さえもが、ボクの行為を止めることなど出来はしなかった。
やるせない想いが体内に留まる限り、ボクは自身の肉体を傷付け続ける。
それが、ボクに与えられる精一杯の裁きと優しさだ。
苦しみは苦痛で緩和させることしかボクには浮かばなかった。
銀色に輝く刃を皮膚の上に走らせる。
幾筋もの傷痕が、ボクの汚れた体液に埋まって見えなくなった。
焼けるような痛みの中で、ボクは眉間に皺を寄せて、床に溜る血液を凝視する。
カタン、と無機質な音を立て、手に握ったカッターが滑り落ちた。
気持ちが悪い。
自責の念がボクを愚かにさせる。
赤に占領された思考で、ボクはただ衝動に身を委ねたい。
傷を掻き毟りたい。
もっと苦痛を与えたい。
これでは、足りないのだ。
痛みで罪が消せるなら、ボクはなんだってするのに。
痛む胸が治まるのだったら、ボクは自傷すら厭わないのに。
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