《MUMEI》
一章:自傷
 救急箱を片付け、タオルを手に取る。
床を飾る血液を、タオルで拭っていく。
こんな時、畳でなくて良かったと思う。
一通り拭き終わり、汚れたタオルを洗濯物籠に放った。
 自傷行為後の、気怠い体をベッドに横たわせる。
傷のない右腕で目を隠し、視覚を奪う。
胸の内を渦巻く様々な感情に押し潰されそうで、ボクは何もかもを押し殺す。
 自己を崩壊させることも、保つことも出来ない中途半端な立ち位置。
安定のない場所であっても、ボクには充分過ぎる安穏を与えてくれる。
 途絶えた視界の中で、息をゆっくりと吐き出していく。
光りを遮る腕をベッドに投げ出した。
口が空(くう)を為して何かを紡ごうと動く。
それでも、結局は息だけが体内より出ていった。
言葉に出来る想いがないのだろうか。
複雑でどうにもならない。
自分ですら解らない想いを、口にすることは出来なかった。
ただ、強く赦されたいと望んでいることだけは解る。
 何年も繰り返す自己制御の為の自傷を行う自分を、ボクは嘲笑してやりたい。
だが、幾等嘲たところで、ボクには自傷しか残されていなかったのだ。


 もう捨てる物など何もなかった1995年の春。

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