《MUMEI》

.


そのまま、どうでもいい会話をしながら改札口をくぐり、そこで俺が登と別れようとしたとき、呼び止められた。

振り返った俺の顔を真っすぐ見つめ返した登は、いつになく神妙な顔をしていた。

彼はモジモジしながら、低い声で呟いた。


「将太は、のぞみのこと……」


そこまで言いかけて、口ごもる。俺は眉をひそめた。


「のぞみが、なに?」


先を促そうと尋ねたら、登は首を横に振って笑顔を作って見せた。


「……なんでもない。じゃ、明日な!」


さらに「サボるなよ!」と、爽やかに言って片手をあげる。ふに落ちなかったが、俺は登と同じように片手をあげた。そのままお互いに背を向けて、別れた。





…………どうして、あのとき気づかなかったのだろう。





いや、





ホントは気づいていて、



面倒に巻き込まれたくない俺は、





登の気持ちに、気づかないフリをしていたんだ…………。











地元の駅に着いたときには、外はもう真っ暗だった。



夏の空気を含んだ夜風が、俺の頬を撫でて通り過ぎていく。



家に向かう途中、公園のそばにやって来た。





…………そういえば、





予備校に行くとき、変わったひとがいたな……。





そんなことを思い出しながら、歩いていると、



例の公園から、だれかの声が聞こえてきた。



なんだろう、と、



俺は何気なく、公園へ視線を向ける。





−−−そこに、いたのだ。





あの、不思議な女が、



行きと同じように、大きな犬を連れて、



街灯に照らされながら、公園の広場に立っていた。





…………でも、





彼女と一緒に、見知らぬ男もいた。



彼らは向かい合って、話をしているようだった。



内容は分からないけれど、なにか言い争っているようだ。





…………なに??



もしかして、



修羅場ってやつ??





降って湧いた興味から、

俺は、つい、足を止めた。


.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫