《MUMEI》 . 彼女は、こちらに背を向けていた。 骨張った肩甲骨が、彼女の白いTシャツに浮かんで見える。 その足元には、彼女の犬が、やはり背を向けて、行儀よくおすわりをしていた。 その場に立ったまま、 俺は二人の会話に耳を澄ませる。 「………いい加減にして!わたしの……でしょう!?………」 「………落ち着いて聞けよ!!………悪かったと………」 途切れ途切れに聞こえてくる声は、それぞれの悲しみを帯びているように思えた。 …………よく、聞こえねーな。 そう思って、もう一歩、彼らに近づいたとき、 彼女の傍らにいた犬が、不意に俺の方を振り返って見つめてきた。俺の気配を感じ取ったのかもしれない。 犬は俺を見つめて立ち上がると、尻尾を激しく振って、期待するように目を輝かせた。 …………ヤベッ!! 気づかれる!! 思ったときには、もう遅かった。 犬の様子が変化したことに気がついたのだろう。その視線を辿って、先に男が俺の姿を見つける。 ぼんやり立ち尽くしている俺を見て、男は訝しげな表情を浮かべた。 俺を見たまま、男はなにかを呟いた。 彼女はその直後、ゆっくりと顔をこちらへ向ける。 俺は、一瞬、魔法をかけられたように、動けなかった。 振り向いた彼女が、 暗い闇の中でも分かるくらいに、 驚いた表情を浮かべていたから。 −−−そして。 俺と目が、合った瞬間に、 彼女のきれいな双眸が、淡く輝いた、気がした。 俺は彼女から目を逸らし、 慌ただしく背を向ける。 その背中に、視線を感じながら、 家に向かって一目散に走って行った。 走りながら、 気になって仕方なかった。 彼女があの男と、あんなところに二人でいたのか。 なにを、言い争っていたのか………。 切羽詰まった雰囲気の二人を思い出して、俺の胸がざわついた。 こんな気持ちは始めてだった。 どうしていいのか、わからないまま、俺はひたすら走りつづけた。 . 前へ |次へ |
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