《MUMEI》
一章:新学期
静かに響く低い声。
抑揚の感じられない淡々とした喋り方を、彼は良くする。
他人にどう聞こえたとしても、オレには優しく聞こえるのだから、大概叔父バカも良いところであろう。
マグカップを両手で挟み、ココアを一気に飲み干す。
目を瞑り、1、2、3、と数を胸中で数えた。
それでも、動き出さない体に、オレは溜息を吐いた。
「解ってるけど。ハル……やっぱり、怖いものは怖いよ」
こんな自分は弱いと思う。
情けなかった。
克服出来ない自分が悔しくて俯く。
榛伊が笑った。
優しい眼差しだ。
不覚にも泣きたくなる。
「大丈夫だよ、チユ。誰も裏切ったりはしないさ。ほら、俺も行くから」
早くしろ、と囁くように告げられた。
立ち上がる榛伊を目に、大人は狡い生き物だと再認識する。
いつも彼は、甘やかしも放り出しもせず、宙ぶらりんの不安定な状態に敢えて導き、そうとは解らぬよう追い込むのだ。
大人は本当に狡い。
子供が敵う相手ではないようだ。
「うー、一人で行けるし! ハルなんて置いてくんだからなっ」
乱暴に椅子を引き、音を立てて立ち上がる。
リビングに移動し、赤いソファーに置き去りにされていたランドセルを背負う。
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