《MUMEI》
一章:新学期
黄系色の横断バックを持ち、ダイニングを振り返る。
榛伊を見れば、可笑しそうに口許が緩んでいた。
ムッとして、舌を出し背中を向ける。
玄関に向かおうと足を踏み出した時だった。
不意に言葉が降り掛かる。
「気を付けて行けよ」
一言だけ。
それなのに、籠められた威力は強かった。
オレの心を震えさせるには充分な言葉。
榛伊の顔を、無性に見たくなる。
「ハルこそ、気を付けろよ! 行ってきます」
でも、解っている。
今、彼の顔を見たら、オレは愚かにも縋り付いてしまうだろう。
行かないで、傍にいて、と幼児のように。
だから、振り向かずに榛伊から遠ざかった。


 これ以上ないと言うぐらいにオレは頑張った。
そこに結果が伴わなかったとしてもだ。
 はぁはぁ、と必死で酸素を求める肺が苦しい。
つい先程、開け放った左右開閉式ドアに体を預け、青筋を浮かべ黒板の前に陣取る担任、安津 忠樹(アンヅ タダキ)を眺めた。
クラスメイトの視線が突き刺さる。
朝の会を中断し乱入したのだ。
それも当然であろうか。
 とりあえず、へらりと笑い誤魔化してみることにした。
二日続けての遅刻だ。
しかも、毎年決まってのことでもある。

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