《MUMEI》 わたしのこと. 昔は、もっと違った。 わたしは、 明るくて、前向きで、 楽しいことが大好きで、 周りにたくさんのひとが溢れていて、 ひとりでいることが、ないくらいに、 賑やかな毎日を送っていた。 そして、 そんな幸せが永遠に続くのだと、思っていた………。 −−−けれど、 たったの一瞬で、 思いがけない一言で、 すべてを失ってしまうこともあるのだと、 わたしは、思い知ったんだ−−−−。 自分の部屋で、祐樹と向かい合いながら、わたしは俯いたまま、ひたすら沈黙していた。 彼と、話すことなどなかった。 昔の二人の、楽しい思い出も、 笑い合った、あの日々も、 全部、消えてしまったのだから。 近くに寝そべっていたヒューが、時折、つまらなさそうにため息をつく。 わたしは、その息遣いを聞きながら、苦しい思いを必死に押さえ込んでいた。 しばらくして、 祐樹がおもむろに言った。 「具合、どう?」 わたしは顔をあげ、祐樹を見つめた。ゆっくりと数回瞬く。 「別に、前と変わらない」 最低限の言葉で返すと、祐樹は力無くうなだれて、「そっか…」とだけ呟き、再び沈黙が訪れた。 黙ったまま、わたしは目の前の祐樹を見つめる。 少し、痩せただろうか。ワイシャツの襟から覗く首元が、骨張っていた。頬は少しだけこけたようで、顔の輪郭もほっそりしていた。 祐樹の姿を眺めながら、『そうそう、彼って夏になると食が細くなって、痩せるのよね〜』と、いつか友達に話した自分の台詞を思い出していた。 他愛ないことを、笑顔で話していた、 遠い日の、記憶。 今となっては、その友達ともご無沙汰だ。 顔も、思い出せないくらいに。 わたしは祐樹に、ねぇ…と、けだるく声をかけた。 「………場所、変えない?」 突然の提案に、彼はゆっくり顔をあげた。 わたしと視線がぶつかる。 ぼんやりとした、瞳だった。 . 彼のぼんやりとした眼差しを受け止めながら、つづけた。 「ヒューの散歩、行かなきゃだし。ちょっと付き合ってよ」 散歩をしなければならないのは事実だが、口実だった。 1階にはお母さんがいる。 きっと、わたしたちのことが気になって仕方ないはずだ。もしかしたら、わたしたちの話に耳をそばだてているかもしれない。 そんな状態では、ゆっくり落ち着いて話も出来ない。 . 前へ |次へ |
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