《MUMEI》
一章:出逢い
 鼻を擽る甘い香水の匂いが気持ち悪い。
纏わり付くような匂いに嗅覚を侵される。
細く白い指が、粟冠 倶利の頬を辿った。
酷く汚らわしく感じられ、ボクはその手を振り払う。
彼女は堪えた様子もなく、くすりと笑った。
真っ赤な口紅の付いた唇が近付いてくる。
耳元に寄せられ囁かれた台詞は、ボクを陥れるためのもののように聞こえる。
「そっくりなのね、ボウヤ。可愛がってあげようか?」
口端を上げる彼女を睨み付ける。
気分が堕ちていく。
憎悪、嫌悪、負の感情しか湧かない。
 落ち着きたかった。
深呼吸を繰り返し、瞼を閉ざす。
「ねぇ、母親なら……あの女より私の方が良いでしょ?」
胸元まで流れる黒い髪を指で弄り、彼女は声を立てて笑う。
大切な人を貶され、ボクはカッと目を開ける。
我を忘れて行為に及んでいた。
 気付けば目の前が真っ赤に染まっていた。
口紅よりも赤い液体が、ボクの世界を飾り立てる。
腕を、体を、伝い落ちていく血液。
手に掴んでいるのは、人間に成り切れていない物体。
手に持つ包丁が、それの胸に刺さっていた。
 母である彼女の腹からは夥(おびただ)しい量の体液が流れている。

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