《MUMEI》
一章:手当て
「忠樹君のこと? 珍しいわね。あの子、ちゃん付けされるの嫌いなのに。よっぽど君のこと気に入っているのねえ」
口許に宛てていた手で顎を摩る彼女に一歩近付く。
「あの、安ちゃんのこと知ってるんですか? オレの叔父さんが安ちゃんの同級生で、昔から良くして貰ってて、それで、あのっ、安ちゃんって呼んでて! えと、オレのことはチユって呼んで下さい」
精一杯伝えようと拳を握り言葉を選ぶ。
しかし、幼稚な物言いしか出来ていないことに気付き、話の途中なのにも関わらずオレは羞恥から俯いてしまった。
心なしか顔が赤いような気もする。
「忠樹君は私の甥で、倶利の従兄弟に当たるの。チユ君の叔父さんは、もしかすると坂中君かしら。一度だけ会ったことがあるのだけど」
頭を撫でられる感触を受け、ゆっくりと顔を上げる。
彼女はオレの髪に指を絡ませて柔らかく笑った。
ふうっ、と心が温かくなり、オレはどうして良いのか解らなくなる。
もう長い間、触れていなかった母親の温もりを彼女に感じたのだ。
「う、うん。叔父さんは坂中 榛伊って名前。安ちゃんとは高校の頃に一緒だったみたい」
高鳴る胸を抑え、掠れる声でオレの知っている情報を彼女に伝える。

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