《MUMEI》 . −−−そうこうしているうちに。 行きつけの花屋に着いた俺たちは、駐車場に車を停めて、店に入った。 栞おばさんは、あらかじめ購入する花を注文していたようで、おばさんの姿を見た店員はたくさんの切り花をショーケースから運んで来た。 おばさんに代わって俺は、その巨大な花束を受け取り、まじまじと見つめた。 色とりどりの鮮やかな花たち。 惹きつけられる、独特な甘い芳香。 会計を済ませたおばさんは、俺の様子を見て、ほほ笑んだ。 「キレイでしょう?」 俺は、とりあえず頷いた。キレイだとは思ったが、特に興味は沸かなかった。 それを見透かしたように、栞おばさんは言う。 「男の子は、あまり興味がないのかしらね……わたしも、ホントにお花が好きだって言ってた男の子は、一人しか知らない」 「スクールのひと?」 俺はなんとなく尋ねた。おばさんは首を横に振る。 「いいえ。もっと、ずっと昔に……」 そこまで言って言葉を止めた。そのまま、俺が抱える花束を見つめる。 その瞳が、あまりに切なそうに見えたので、俺はそれきりなにも聞けなかった。 花屋を出て数分。 カルチャースクールを開催している市民センターに着いた。 車から降りると、俺は栞おばさんの指示に従い、たくさんの花束を抱えて、市民センターの会議室に行った。 教壇代わりの長テーブルに花束を置くと、おばさんは、「ありがとう」と笑顔でお礼を言ってくれた。 それから腕時計を見て、「そろそろ、予備校に行かないとよね?」とひとりで呟く。 「駅まで送るわ、早く行きましょう」 朗らかに言ったおばさんに、俺は頷き返した。 センターを出ると、目の前に花壇が広がっているのが目に入った。 イエローやオレンジなど、鮮やかな花々が俺を出迎える。 花壇を見つめている俺に気づいた栞おばさんは、ニッコリ笑って言った。 「百日草か、かわいいわね」 俺はおばさんを振り返る。 「ヒャクニチソウ??」 繰り返すと、おばさんは深々と頷いた。 「100日間咲きつづけるから、そう呼ばれてる。学校とか公園とかによく植えてあるよ」 おばさんは車椅子を動かし、吸い寄せられるように花壇へ近づいた。 百日草の花に顔を近づけながら、囁いた。 「花言葉は、『別離した友への思い』……」 『別離した友への思い』 胸の内で、反芻する。 おばさんは俺を振り返り、「行きましょうか」と声をかけ、車へ向かった。 俺は黙って、そのあとを追った−−−。 . 前へ |次へ |
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