《MUMEI》
一章:手当て
本当に今日は珍しい日だ、と思いながらも喜びを感じていた。
「オレに出来ることなら」
「有り難う。その封筒を倶利に直接渡して貰いたいの。これから仕事に行くから、今日はおもてなしも出来ないけれど、倶利と友達になってくれたなら、また機会も出来るでしょ?」
顔を上げた京は戸口まで歩み寄り戸に手を掛ける。
彼女の口から述べられた理由を理解するよりも前に了承する言葉を吐き出していた。
「出来るよ! 安心してお仕事に行って来て下さい」
「ええ、任せたわ。二階へ上がって左側の奥にある部屋に、倶利はいるから。お願いね」
彼女の瞳が細まり口許には微笑みが浮かんだ。
戸を開けて彼女は外に出て行く。
彼女の背中が戸で見えなくなるまで、オレはその場に立ち尽くしているのだった。


 京を見送って数分は玄関先で呆けていた。
我ながら情けないが、現実味を欠いていた為に脳の処理が追い付かなかったようである。
暫く経ってから漸く己の置かれた立場を認識した。
ただ封筒を届けるだけだった筈が、苦手な天才少年と友好関係を築かなくてはならないらしい。
 途端に不安が湧き上がる。
おそらく、倶利と言う人間は何かしらの闇を抱えているのだろう。

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