《MUMEI》 . すこぶる、体調が悪かった。ちょっと動くだけでも、身体が怠い……。 それでも、わたしはいつものように、ヒューの散歩に出かけた。それが、彼の唯一の楽しみだったから、奪うわけにはいかなかった。 お母さんが、代わりに行くと言ってくれたけれど、断った。 ヒューは、わたしの20歳の誕生日のとき−−−まだ、わたしが元気だった頃に、自分で面倒を見るから、と、お父さんに頼み込んで、買って貰った犬だった。 それを今さら、具合が悪くなったからといって、自ら投げ出すことは、絶対にしたくなかった。 −−−外は、暑かった。 夏の日差しは、やっぱりしんどい。 わたしは深く深く呼吸をしながら、ゆっくりした足取りで、公園を目指す。 隣を歩くヒューも暑さに参っているようだったが、わたしの様子が心配なのか、時折、わたしの顔を見上げて、鼻を鳴らした。 ヒューは、勘のいい子だった。 わたしが悲しいとき、辛いとき、いつも黙って傍にいてくれたのは、ヒューだけだった。 ヒューは、だれよりも早く、わたしの心情を察し、わたしが望むことをしてくれる。 もしかしたら、 あるいは、わたしの身体に関して、すでに感じ取っているかもしれない。 わたしが、ヒューより先に、 《消えてしまう》だろう、ということを…。 わたしは彼を安心させるため、淡くほほ笑みをつくり、彼を見下ろした。 …………大丈夫。 今は、まだ−−−−。 ぽつんと呟くと、それに答えるように、ヒューはもう一度、鼻を鳴らした。 ようやく公園に着くと、 まず最初にわたしたちを出迎えてくれたのは、 公園の花壇に、美しく咲く、小さな花たち。 鮮やかな、ビタミンカラーのかわいらしいその花は、 確か、百日草という名前であると、 昔、だれかから聞いた。 わたしはゆっくり視線を巡らせ、 そして、止まる。 いつも、わたしが腰掛けている木陰のベンチに、 今日は珍しく、先客がいた。 ダークグレーのTシャツに、チェック柄のハーフパンツ。 足元は、履き古したような、ビーチサンダル。 …………あれは。 わたしは、そのひとの背中を見つめた。 すると、不意に、 そのひとが、ゆっくり振り返ったのだ−−−。 . 前へ |次へ |
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