《MUMEI》 . 正直、立っているのが、しんどかった。 だから、言ったのだ。 隣に、座ってもいいか、と。 別に、他意はない、 はずだった。 けれど、 きっと、あのとき、 困惑気味の、この、目の前の青年に、 わたしとは、全く違う時間を生きている彼に、 少しでも、近づきたかったのかもしれない……。 青年は、わたしの言葉に戸惑い、左右に視線を泳がせたあと、 静かな声で、 「どうぞ」 ……と、呟いた。 わたしはゆっくり移動して、彼の隣に腰を降ろす。 ヒューは、大人しくわたしについて来たが、突然、なにかに気づいたように、広場の方へ駆け出して、奥にある茂みの中に顔を突っ込み、必死に臭いを嗅いでいた。 気ままなヒューの姿を目で追いながら、しばらく、ぼんやりしていると、 不意に、 隣の青年が呟いた。 「大きな犬ですね……」 わたしはゆっくり青年を見る。彼は、わたしと同じように、ヒューを目で追っていた。 彼はわたしの方を振り返らない。わたしの視線を感じて、緊張しているのだろう。 膝に置かれた手が、しっかりと握りしめられていたから。 そのまま、青年はつづける。 「名前、なんていうんですか?」 わたしは彼の横顔を見つめながら、 ゆったりと、ほほ笑んだ。 「あの子の名前?それとも、わたしの名前かな?」 ほんの、イタズラ心。 見た目よりもウブであろう、この青年を、少しだけからかってやろうか、と。 それと、 彼の顔を、間近で見てみたいという、好奇心が、自然とわたしをそうさせた。 −−−案の定、 彼は顔を赤らめて、ビックリしたようにわたしの顔を見る。 まだ、幼さの残る、男の顔。 間違いなく、わたしより年下だ。 「えっと……あの……」 予想通り、青年はうろたえだした。 その様子がおかしく、わたしはつい笑ってしまう。 冗談だよ、と呟いて、わたしはヒューの姿へ視線を流す。 そして、歌うように言った。 「『ヒュー』っていうの。ヘンな名前でしょう?」 自分で言って、ひとりで笑った。 その顔を、隣から、青年がじっと見つめているのを感じた。 . 前へ |次へ |
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