《MUMEI》 . 青年は、わたしの手にあるボールを覗き込み、呟いた。 「………よく見つけてきましたね」 わたしは戸惑いながら頷く。 ヒューは昔からボールが好きだった。 公園に忘れられたボールを見つけては、わたしのもとへやって来て、『投げて投げて』とせがむのだ。 以前のわたしなら、 ヒューと一緒に、はしゃぎながらキャッチボールをよくしていたが、 体力が衰えてしまった今となっては、 それも、しなくなった。 いつしか、ヒューも諦め、ボールを見つけても無視するようになっていた。 なのに、 今日は、どうして…………? わたしはヒューの顔を見る。 ヒューは瞳をキラキラ輝かせて、わたしを見つめている。 −−−試しに、 軽くボールを放ってみた。 ボールは力無く2、3回バウンドして、地面の上をコロコロと緩やかに転がっていく。 ヒューはすぐさま駆け出して、そのボールを追いかける。 彼はボールをくわえると、今度はわたしのもとへ急いで戻り、再び、わたしにボールを押し付ける。 『投げて』と、目が訴えていた。 わたしは再び、ボールを軽く投げた。 同じようにヒューは駆け出す。ボールを捕らえて勢いよく戻ると、また、わたしにボールを寄越した。 そして、わたしの目を見つめるのだ。 わたしはため息をつく。 少し、疲れた。 これを繰り返せば、ヒューより先にわたしがバテるのは、明らかだった。 もう、ダメよ。 そうヒューに言おうとしたとき、 隣でそのやり取りを見物していた青年が、 突然、立ち上がったかと思うと、 わたしの手から、ボールを奪った。 そして、ヒューに言うのだ。 「思いっ切りなげるから、ちゃんと取ってこいよ!?」 青年は大きく腕を振り、ボールを投げた。 ボールは美しく弧を描き、遥か遠くでバウンドして茂みの中に消えた。 ヒューは勢いよく走り出し、その後を追って茂みに首をつっこんだ。 少しして、ボールをくわえたヒューはわたしたちのところに戻ってくる。そのボールを、今度は青年に押し付けた。 青年はヒューの頭を撫でて、「いい子だー!!」と褒めた。 その、青年の笑顔は、夏の太陽よりも眩しく見えた。 . 前へ |次へ |
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