《MUMEI》 . わたしたちがほほ笑みあっていると、 ヒューが口にボールをくわえて、大急ぎで戻ってきた。 その勢いのまま、青年の足にタックルする。 青年は「うわっ!!」と、短い悲鳴をあげて、ヒューを身体ごと受け止めた。 タックルは、ヒューにとっての愛情表現のひとつだ。 激しく尻尾を振り、青年の目を見つめるヒューは、完全に目の前の彼に対して心を開いていた。 青年はヒューの頭を撫でながら、ボールを受け取り、再び構える。 「いくぞ〜!!」 また、大きく腕を振る。白いボールが、青空へと、高く、高く、飛んでいく。 ヒューが、駆け出す。地面を蹴り、跳ねるように、軽やかに走る。 …………ふと、 《生きている》、と実感した。 太陽の、暑い日差しも、 降り注ぐ、蝉の声も、 楽しげに笑う、青年も、 ボールを追いかける、無邪気なヒューも、 みんな、 自分の時間を、一生懸命に生きているんだって、 そう、思った。 つい、わたしは、呟いていた。 「………すごいね」 わたしの声に、彼が「え??」と振り返った。 その笑顔が、やっぱり眩しい。 わたしはほほ笑み、繰り返した。 「男のひとって、すごいね………あんな遠くまで、ボールを投げられるなんてさ」 意味がわからなかったのか青年は、一瞬ヘンな顔をした。 「別に、すごくないって。フツーですよ」 そう答えた青年に、わたしはもう一度、すごいよ、と言った。 「すごいよ、わたしはそんなに投げられないし、力もないし……」 そこで一旦口をつぐんで、ヒューを見た。 ヒューは、ちょうどこちらへ戻ってくる途中だった。 伸び伸びと大地を翔けるヒューが、いつもと違って、とても生き生きしていた。 わたしは瞬いて、それに……と、つづける。 「ヒューにあんな楽しそうな顔、させてあげられないもの」 駆け寄ってくるヒューの瞳は、本当にキラキラと輝いていた。 . 前へ |次へ |
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