《MUMEI》
キミの名前
.


久しぶりに、名乗ったな、と思った。



新しく、ひとと出会うことが、なかったわたしは、柄にもなく、少し、戸惑ってしまった。



自分の部屋のベッドに横になりながら、ジーンズのポケットを探り、一枚の紙を取り出した。


どこにでもある、大学ノートの1ページ。


それを見つめて、先程、青年と最後に交わした言葉を思い返す。





−−−わたしの、名前?どうして?



−−−だって、知らないと、不便でしょう。



平然と言い返した青年の顔には、最初見たときに感じた、あのあどけなさは無かった。

わたしは少し間を置いてから答える。



−−−……モモコ、遠野 百々子っていうの。



わたしが名乗ると、青年は譫言のように繰り返した。



−−−モモコ、さんか……。



低い声で、呟かれ、わたしは心が揺れた。



−−−……あなたは?



精一杯落ち着いた声で、わたしは尋ねる。

青年は、わたしを見つめ返して、はっきりと答えた。



−−−ナカハラ ショウタ。



それから青年はベンチに近寄り、彼のドキュメントファイルの中からノートとペンを取り出して、なにかを書きなぐった。

書き終えると、そのページを破り、わたしに差し出す。わたしはその紙を受け取り、視線を落とした。


そこには、『中原 将太』という文字と、連絡先が書いてあった。


再び顔をあげ、彼を見ると、彼は照れたように笑っていた。


わたしもほほ笑む。


すぐさま、彼が握っていたペンを奪い、受け取った紙の余白に自分の名前と連絡先を書いて、破った。小さくなったその紙を、今度はわたしが彼に差し出す。

彼はなにも言わずにそれを受け取り、それからまた照れ笑いして、爽やかに言った。





−−−また明日も、ここで。







その笑顔が、



ずっと、頭から離れない………。








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