《MUMEI》 . わたしは紙切れを握りしめて、寝返りを打った。 なんだか、妙だった。 身体はやっぱり疲れているのに、 どういうわけか、心は、とても満たされていた。 −−−そして、考える。 なぜ、あの青年に−−−将太に、あんな頼み事をしたのか。 ………だって、 ヒューが、すごくうれしそうにボールを追いかけて、 キラキラした顔で広場を駆け回って、 それを見ていると、 なんだか、わたしまでうれしくなって………。 …………いいえ。 違う。 それは、口実。 本当は、 将太の顔を、 あの眩しい笑顔を、 また、近くで見つめていたいと、 そう思ったから−−−−。 そこまで考えて、わたしは、半身を起こす。 ぼんやりとしたまま、窓の方へ、視線を流した。 外は夕闇に包まれていて、今日という日の終わりを告げていた。 また、今日が、終わる。 いつもなら、 この時間は憂鬱になっていた。 一体、いつまで、 無駄に生きていなければならないのだろう、と。 夜が訪れるたび、 やって来るかわからない明日に怯え、 忍び寄る《最期の日》に怯え、 ただ、ビクビクしていた。 …………今も、 やっぱり、夜は怖いけれど、 でも、 昨日までとは、少し、違う気がするんだ………。 わたしはナイトテーブルに置いてあった携帯を手に取る。 不在着信が3件と、メールが1件。 どれも、祐樹からだった。 内容は、いつもと変わらない。 また、やり直したい。 わたしを支えたい。 一番近くで、見守りたい………。 そのどれもが、胡散臭く思えて仕方なかった。 わたしは携帯を閉じてナイトテーブルに戻し、 それから一度、瞬いた。 そして、祈る。 …………神さま。 どうか、わたしに、 時間を、ください…………。 その祈りに答えるように、 ベッドの下で眠っていたヒューが、一度だけ、微かに鼻を鳴らした。 . 前へ |次へ |
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