《MUMEI》
無欲な志穂さん
(…すごすぎ、だろう)


俺と忍は、同時にため息をついた。


「す、すみません。黙ってて。お客様のプライバシーに関わる事だから、言えなくて…」

「じゃあ、祐達も知らないんですか?」

「うん。言うつもりも無いし」


(驚くだろうなあ…)


自分の母親が、日本一の大企業のトップをメル友に持ってるなんて。


「すみません。『いつでも力になる』って言ってもらってたから、つい頼んだんですけど…

驚かせちゃって」

「そんな事、言われて…、るん、ですか?」


(あ、ちょっと冷静になってきた、…のか?)


それとも、疲れただけなのか


忍の口調は先程より迫力が無かった。


「は、はい。特に困った事無いから、頼んだのは今回が初めてなんですけど。

あ、あと、弘也君だけメル友じゃないのは、彼はここに小さい時に一回来ただけで、後は来なかったんで」


(だから弘也は知らなかったのか、それに、だから…『弘也君』なのか。

それにしても)


あの春日家の現当主に、『いつでも力になる』と言われて


ただの、主婦の、志穂さん。


その、謙虚さと無欲さに、俺と忍は驚くしかなかった。

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