《MUMEI》
あなたの名前
.


自分でも、


すごい展開だな、と思う。





俺はベッドに横になりながら、目を閉じた。



そして、彼女−−−百々子さんが見せたほほ笑みや、仕種や、


呟いた、言葉を、


ひとつ、ひとつ、思い返した。





−−−わたしの、名前?どうして?





落ち着き払って言い返されて、一瞬、言葉に詰まった。


必死に頭をフル回転させて、ない知恵を絞って、つむぎだした言葉は。



−−−だって、知らないと、不便でしょう。



芸の無い台詞。

自分で自分にがっかりした。

百々子さんは、俺の真意を探るように、きれいな双眸を細めて、俺のことを見つめていた。



………失敗したな。



そう思ったとき、

百々子さんが、答えてくれたのだ。



−−−……モモコ。



ビックリしている俺に、彼女はつづけた。



−−−トオノ モモコっていうの。



なんだかよくわからないけれど、

胸が、いっぱいになった。

俺は、自然と繰り返していた。



−−−モモコ、か……。



改めて声に出すと、

なんとも言えない満足感が、俺を包んだ。

その余韻に浸る間も与えず、

百々子さんは、切り返す。



−−−あなたは………?



なぜか、ものすごくドキドキした。



−−−中原 将太。



名前を言うだけなのに、俺は、ひどく緊張した。背中に汗をいっぱいかいた。

堪えられなくて、俺は急いで持って来ていたファイルの中から、ノートを取り出し、自分の名前と連絡先をはしり書きした。

勢いよくそのページを破り、彼女に差し出す。

恥ずかしくて、なぜか笑ってしまった。

彼女は俺の連絡先を眺めて、顔をあげる。



そして、ゆったりとほほ笑んだ。



その表情に見とれていると、百々子さんは、俺が持っていたペンを奪い、そこになにかを書き込んだ。

書き終えると、丁寧にその部分を破って俺に渡す。



俺が、紙切れに目を落とすと、


そこには、携帯の番号と、メールアドレス。



そして、



『遠野 百々子』という文字が、書かれていた。



信じられない気持ちでいっぱいだった。

俺が顔をあげると、彼女は笑っていた。つられて俺も笑い返す。


そうして、俺は呟いた。





−−−また、明日もここで。





それだけ言うのが、やっとだった。


百々子さんは一度、瞬き、


それから、フワリとほほ笑んだ。





−−−また、明日ね。





そのきれいな微笑が、


その涼やかな声が、


瞼の裏に、


鼓膜に、





いつまでも焼き付いて、離れない−−−。





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