《MUMEI》

 可愛い声が響いている。
まだ幼児の其れは、高音で耳に届く。
性別を感じさせることのない無表情な顔、感情を捉えることの出来ない抑揚なき声色。
色素の薄い茶混じりの髪が輪郭を隠すが、ふっくらとした頬は剥き出しで、触り心地の良さそうな質感を伝えてくる。
その双眸に映るのは、一体何であろうか。
長い睫毛が影を落とした。
 彼は仕切りに「ハル、ハル」と口にしながら庭で土を弄っていた。
今年6歳になる甥の宇津井 知有(ウツイ チユウ)。
彼はしゃがみ込み、子供用のシャベルで土を掘っている。
縁側に座る坂中 榛伊(サカナカ ハルイ)の足元で、延々と掘り続ける。
時折顔を上げ榛伊を確認し、「ハル」とだけ言う。
まだ彼は、他の言葉を喋ろうとはしない。
喋れるのに言葉は単一なものしか出てはこないのだ。
 発達が遅れている訳ではないし、病気でもない。
知有は自らに禁を与えている。
彼は色々なものに怯え、恐れていた。
喋ることも然りである。
 其れが、一年一緒に過ごして得た彼のパーソナリティだ。
それしか解らない現状に焦れる想いは捨て切れない。
 知有は確かに、心を開いてくれた。
だからこそ榛伊の名を呼ぶ。

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