《MUMEI》

しかし、それだけだ。
全然先に進まぬ。
榛伊は苦々しく息を吐いて雲の浮かぶ空を仰いだ。


 くい、と袖を引かれる感覚で我に返った。
知有が泥にまみれた手で榛伊の服を引っ張っていた。
「どうした?」
片手を知有の頭に持っていく。
ふわり、と指に絡む髪質は柔らかい。
知有は一言、ハルと呟く。
「くるくる」
そして、次に放たれたのはそんな単語であった。
 榛伊は怪訝な顔で知有の頭を撫でる。
思考はフル稼動、表情は動かず、頭だけが動く。
榛伊の常である。
「ハル、くるくる。くるくる、欲しい」
榛伊の手を振り払い、知有が縁側を上る。
靴を履いたまま榛伊の膝の上に座り、真っ正面を指差した。
塀などはなく、柵で区切られただけの庭と道路の境界線。
道行く人も当然のように目に入る。
 其処には母親と知有ぐらいの男の子がいた。
親子なのだろう、手を繋いで歩いている。
知有は、「くるくる」と繰り返す。
 よくよく見れば男の子の手には風車が握られていた。
息を吹き掛けては回している。
キャッキャッと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
知有の顔は、羨ましそうに男の子に向かう。
 知有の目が追う、風車に母親。

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