《MUMEI》
プロローグ:拓
 揺らめく視界。
何も映らない。
闇に呑み込まれた空間だけが展がっているようだった。
一筋の光も見えない。
それなのに、不思議と不安はなく。
 ふ、と視線の端に捉えた光の塊。
意識がそちらに近付いていく。
 少女がいた。
光に包まれ、大の字で浮かぶ少女が。
黒い真っ直ぐな髪が、背中を覆い腰まで伸びている。
何処かで見たことのあるような顔立ちだったが、身に纏った純白のワンピースが記憶に引っ掛からず、誰なのかは思い出せなかった。
手を伸ばそうと、腕を肩と水平の高さに挙げる。
もう少しで少女に触れる、というところで、指先に静電気の様な刺激を受け、手を引っ込めた。
彼女に気付いて欲しくて、声を掛けようと口を開けるも、言葉が出てこない。
胸の内を占める焦燥感。
喉に左手を当て、もう一度声を出そうと躍起になるが、喉からは一声も発声されることはなかった。
舌打ちをして、往生際悪く腕を伸ばしていく。

未だ、早いわ。帰りなさい──

 幼いが凛とした女性らしき声が、直接頭に響いたかと思うと、自分の体が弾かれて吹き飛ばされていくのを感じた。


 PipiPipi──
時計のアラーム音が部屋中を満たす。

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