《MUMEI》 . 最後のサプリメントを水で流し込むと、壁にかかっている時計を見遣る。そろそろ将太と約束した時間だ。 −−−出掛けなきゃ。 わたしは足元でくつろいでいるヒューの顔を覗き込んだ。 「散歩、行くよ」 ヒューは『散歩』という言葉に反応し、勢いよく立ち上がる。尻尾を激しく振って、わたしの足に纏わり付いた。 わたしは顔をあげてお母さんを見、行ってくる、と呟く。お母さんは神妙な顔のまま、「いってらっしゃい」と答えた。 手早く準備をして、ヒューと一緒に玄関にやって来ると、お母さんもそこまで着いてきた。 「携帯、持った?具合、悪くなったらすぐに帰るのよ」 小さな子供に言い聞かせるように言う。わたしは思わず笑ってしまった。 「いくつになると思ってるの?わたし、もう27歳だよ?」 わたしの笑顔にお母さんもつられてほほ笑む。 わたしは玄関のノブを持ち、じゃあね、と呟いた。お母さんは黙って頷く。 それを確認して、わたしは勢いよく玄関のドアを開けた−−−。 眩しい日差し。 容赦ない太陽の熱。 どれもが苦痛であるのは、変わらない。 でも、 なぜ、こんなにもワクワクするんだろう。 久しぶりに化粧して、 お母さんと笑顔で会話して、 わたしを取り巻くモノは変わらないのに、 どうして、穏やかな気持ちになれるんだろう………? ヒューとヘトヘトになりながら、公園までたどり着くと、 まず最初に、 花壇に咲き乱れる、鮮やかな百日草がわたしたちを迎えてくれた。 その花たちの奥に広がる広場の向こうから、 慌てて駆け寄って来る、その人影に、 わたしは、 ゆっくりほほ笑んで、 −−−手を振った。 「………こんにちは!」 . 前へ |次へ |
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