《MUMEI》

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反論しようと思ったが、そんなヒマもないので、俺はすぐさま洗面所に向かった。

大急ぎで顔を洗い、歯を磨いていると、母さんがのろのろと洗面所に現れた。

ふと母さんを見ると、壁にもたれ掛かって、なんかニヤニヤしている。


「……なんだよ?」


嫌な予感がして、睨みながら呟くと、母さんは「別にぃ?」と答えつつ、やっぱりニヤニヤしてまた、居間の方へ戻っていった。

とりあえず、俺は母さんを無視することにして、口を乱暴にすすぎ、バタバタと自分の部屋に戻った。


部屋に駆け込むと、ドアを閉めることも忘れて、タンスの引き出しをあちこち開けた。中に詰まっている洋服を、あーでもない、こーでもない、と引っ張り出しては、ぐちゃぐちゃに突っ込む。


しかし、



我ながら、テキトーな服しかない。



俺は舌打ちする。





…………よくわからないけど、



なんとなく、



いつものカッコは、嫌だった。



もうちょっと………ちょっとだけでいいから、



シャレた格好をして−−−−。





俺は引き出しをあさる手を止める。





なんで、服なんか気にしてんだろ……。



犬と遊ぶだけだってのに。





冷静に思い直し、俺は引っ張り出した引き出しを片付け始めた。


結局、ヘンリーネックのTシャツと、デニムのバミューダパンツといういつもと代わり映えのない服に着替えた。

やっぱり、こういう格好の方が、しっくりする。

俺は目覚まし時計を見た。約束の時間まで、あとわずか………。


「………ヤベッ!!」


呟きざま、予備校のテキストが入ったファイルをひったくると、再び居間に大急ぎで戻った。



バタバタと居間に駆け込むと、母さんがまた、テレビを見て笑っていた。





…………な、なんて呑気な……。





「そ、それじゃ、行ってくる……」


ゼエゼエ息を切らせて、やっとのことでそう言うと、母さんはのんびりと「いってらっしゃい」と答えた。


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