《MUMEI》

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居間から駆け出して、玄関でサンダルを履いている俺に、母さんが再びのろのろと現れた。


「将太」


なんか知らないが呼び止められる。時間に追われている俺は、なに?と苛立たしげに振り返った。

母さんは、自分の頭を指さしながら、サラッと答える。


「その髪の毛、どーにかしたら?」


「寝癖、ヒドイわよ」と、一言添える。

俺は自分の髪の毛を触り、さっと青ざめる。


「ちっくしょー!!」


大声で毒づきながら、履きかけたサンダルをポイポイッと投げて、家にあがり、洗面所に駆け込む。

鏡にうつった自分の頭は、母さんが言う通り、ヒドかった。

水を髪に撫で付け、必死に寝癖を直そうとするが、どうにも上手く決まらない。





…………あ゙〜〜〜〜ッ!!



なんで、こうなるかなぁ!!





寝癖に悪戦苦闘していると、母さんがひょっこり顔を覗かせた。

そして、ニヤニヤしながら言うのだ。


「別にいいじゃない。登くんなら、寝癖なんかきっと気にしないわよ」


鋭いところをついてくる……。


俺が、うるさい!と言うと、母さんはため息をつきながら、後ろ手に隠していた、キャップを俺の頭にのせた。

おかげで、頑固な寝癖が、帽子の中にすっかり隠すことが出来た。

ポカンとして母さんを見ると、母さんは優しく笑った。


「早くしないと、『大事なひと』との約束に遅れちゃうわよ?」


俺は瞬き、吹き出した。





あーあ、


なんでも、お見通しかよ。


敵わねぇなぁ………。





俺は笑顔で母さんに、サンキュー!と言うと、玄関へ向かいサンダルを履いて、勢いよく外へ飛び出した−−−。






身体に纏わり付くような、夏特有の暑い熱気を振り払うように、俺は一目散に走った。


だんだんと見えてきたのは、


鮮やかな色をした、百日草の花壇。


その向こう側に、


チラリと見えた人影。



そのひとは、こっちをゆっくり振り返り、



優しくほほ笑んで、



華奢な手を、軽く振った。



「…………こんにちは!」



耳に流れてきた、柔らかなその抑揚に、



俺の頬も、緩んだ。





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