《MUMEI》
プロローグ:椎佳
 夢なのだという感覚は抱いていた。
起きそうで起きない意識。
良くあることだ。
いつもと違うのは、自分の意思で体が動くこと。
 闇の中を漂っていた。
何もない空間を、ただ歩き続ける。
時々、本当に歩いているのか曖昧になるが、必死で歩いた。
 ふ、と視界の端に捉えた光。
自然と足が向き、その光に引き寄せられるように近付いていく。
 息を呑む。
光に包まれて浮かぶ少年が見えたのだ。
大の字に横たわっている体。
黒い髪が光に照らされて艶やかに見える。
瞼が綴じられていて生気は感じられなかったが、その顔は見知ったものであった。
だが、知っている人物とは、髪の色も体格も違う。
 確かめようと、もっと近付こうとするのに近付けない。
腕を伸ばして光を掴もうとした瞬間、指先に電流が流れる感触を受け引っ込めた。

未だ、早いわ。帰りなさい──

幼いながらに凛とした女性の声が、脳に直接響いたかと思うと意識を弾かれた。


 浮上する感覚に目を開けると、自分の部屋だった。
蘇武 椎佳(ソブ シイカ)はベッドの上で寝返りを打ち、枕を抱き締めて顔を埋める。

「桑木君……だったわよね? どうして彼の夢なんか見るのよ、私」

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