《MUMEI》 . ボールをくわえてきたヒューは、俺に体当たりをして、そのまま身体を擦り寄せてきた。 その頭を撫でながら、俺はヒューを褒める。 「ヒューは頭いいなぁ!!」 呟いてから、ベンチに座っている百々子さんを振り返った。 キャップを被っているせいで、よく見えないが、俺たちを見て、笑っているようだった。 俺は百々子さんに向かって叫ぶ。 「ねぇ!!」 俺の呼びかけに、百々子さんは座ったまま、「なぁに!?」と大声で返してきた。俺はつづける。 「ヒューって、ほかに、なんか芸出来るの!?」 彼女は少し黙ってから、突然立ち上がると、ヒューを呼んだ。ヒューは顔をあげて、主人を見る。 百々子さんはヒューの目を見つめたまま、言った。 「シット!!」 英語の号令のあと、ヒューはゆっくり腰を降ろした。その目は、相変わらず百々子さんを見つめていた。 百々子さんは深く頷き、「グッド!!」と褒めて、再び叫んだ。 「ダウン!!」 ヒューはのろのろと伏せの体勢をした。百々子さんは、「ウェイト!!」と立て続けに号令をかける。 ヒューはそのまま、ピクリとも動かず、百々子さんを見つめていた。 俺が感心していると、百々子さんが俺を呼んだ。 「こっちに来て!!あの子、絶対動かないから!」 そう言われて、俺はゆっくり彼女の方へ歩き出す。彼女が言った通り、ヒューはその場から動かないで、じっとしていた。 百々子さんの隣にたどり着き、振り返る。やっぱりヒューは伏せをしていた。俺は百々子さんの顔を見る。 彼女は一度、俺の顔を見て柔らかくほほ笑むと、今度はヒューに向かって右手をあげて、大声で叫んだ。 「OK!!カモン!!」 彼女の声のあとに、ヒューは勢いよくこちらへ向かって走り出した。 金色の毛をなびかせて、走っているヒューの姿は、とてもノーブルでエレガントに見えた。 走ってくる勢いのまま、ヒューは俺に体当たりをする。物凄い衝撃に、一瞬、よろめいた。 「なんで俺に突っ込んで来るんだよ!!」 ヒューの頭を撫でながら言うと、隣にいた百々子さんがクスクス笑い、言った。 「この子なりの愛情表現なの。キミのこと、気に入ったみたい」 「ね?ヒュー」と彼女がヒューに声をかけると、ヒューはうれしそうに俺たちを見上げた。 なんだか、不思議な感じだった。 この場所にいることが、 彼女の隣で笑っている自分が、 まだ、信じられなくて。 . 前へ |次へ |
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