《MUMEI》 . 「ホントに頭いいんだな」 ぽつんと呟くと、百々子さんが答えた。 「子犬のときに、かなり厳しく躾たの。この子、身体大きいでしょう?成犬になってから、ほかのひとに迷惑かけないように」 それを聞いて、俺は驚く。 「犬にも、躾するんですか?」 俺の台詞に彼女は、「もちろん!」と明るく笑う。 「人間の子供と一緒よ。良いことは良い、悪いことは悪いって、小さい頃にきちんと教えてあげるの」 「飼い主が、ですか?」 「ヒューはわたしが調教したけど、今はプロに任せるひとも多いみたい」 「プロ?」 なんのことかと尋ねると、百々子さんはヒューの頭を撫でながら言った。 「ドッグトレーナーって知ってる?わたしたち人間との共同生活に困らないように、犬を調教してくれるんだ。犬の学校の先生みたいなもの」 犬の学校の先生? ドッグトレーナー? 知らないことばかりだった。 ハテナ顔の俺をよそに、彼女はヒューを見つめながらつづける。 「わたしも、ドッグトレーナーになりたかったな。そんな仕事があるなんて知らなくて……もっと早く知ってればよかったのに」 呟いた彼女の横顔を眺めて、俺はつい、言った。 「これから、ドッグトレーナーになればいいじゃないですか」 彼女は驚いたように顔をあげた。 その瞳が、かなり動揺したようだった。 けれど、俺はつづける。 「今からでも遅くないですよ。百々子さんならきっと、大丈夫。ヒューをこれだけ躾たんだから」 「でも……わたし」 俺は、言いよどんだ彼女に畳みかけるように言った。 「この先、人生長いんだし、好きな夢持っても、いいじゃないですか」 言ってしまってから、自分がずいぶんエラソーなことを言っていると気づき、……なんてね!と、慌てて笑ってごまかした。 しかし…………。 百々子さんは笑顔を消して、ただ、俺をじっと見つめていた。 あの無機質に輝く瞳で。 その光に戸惑っていると、 彼女は急に、ふわりと笑った。 「そうだね」 それしか、言わなかった。 顔は、笑っているのに、なぜか悲しそうに見えた…………。 俺は、このとき、 まだなにもわかっていなかった。 彼女の生きる時間に、 《リミット》があったことに。 . 前へ |次へ |
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