《MUMEI》

「え、何もしてないっすよ? ただ府末さんの凛々しいお顔に見惚れてただけで……」

慌てて躯を後方に反らす彰治に対し、安月はクスクスと笑みを溢して僅かに首を傾げる。
彰治が何故慌てているのか解らないのだろう。
そう安月は馬鹿なのだ。
ハッキリ言えば、仕事場の中でも一番の馬鹿だ。
彰治が今まで拝んできた中でも断突のおバカさんだった。

「野郎の顔なんかに見惚れてんじゃねぇよ。今後一切俺に見惚れるな」
「えー、それは困ります。俺の癒しの時間を奪わないで下さいよ」

馬鹿だからなせるのか、良い年をして唇を尖らせるという芸を彰治に見せ付けてくれた。
彰治は大きく息を吐き出して額に片手を当てる。

「あのなあ、三十路近い親父に癒しを求めんな、惚れんな。俺は全うな恋愛を」
「俺は全うな恋愛してますよ? 府末さんはちゃんと人間だ」

諭し始めた彰治に向かいまたもや爆弾を投下する安月。
彰治は言葉も出せずに固まったまま安月を凝視する。
安月はそんな彰治に気付くことなく、「ね、全うでしょう」と自分の世界を築きあげていた。

「おおおおっ、お前の基準は其処なのか!? 人として間違ってる、絶対に」

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