《MUMEI》
穏やかな日々
.


−−−それからの日々は、とても穏やかで、



俺は予備校をサボり、



百々子さんが待つ公園へと通った。



のぞみや登から、電話やらメールやらが、毎日のようにあったけれど、全部を無視した。



未来に、リアルを感じない。



俺が求めているのは、遠い先にある、いつかの夢ではなくて、



ヒューの楽しそうな姿とか、



百々子さんの、キレイな笑顔だった。





「好きなんでしょ?」





突然、百々子さんに言われて、ヒューとじゃれ合っていた俺は、ドキッとする。慌てて振り返ると、彼女は柔らかくほほ笑んでつづけた。


「動物、好きなんでしょ?」





…………なんだ。



動物、ね。ビックリした。





俺は笑顔を作り、頷く。


「ヒュー、いい子だし。一緒に身体動かせるなんて最高!!」


俺の返事に百々子さんはうれしそうに笑った。
そして、言うのだ。


「ドッグトレーナーに向いてるかも」


聞き覚えのある単語に、俺は瞬いた。


「調教師のこと??」


百々子さんは頷く。


「あの仕事は、ホントに動物が好きじゃなきゃなれないの。ヒューは人慣れしてるけど、中には気難しい犬もいるから、全身で愛情を表現できなきゃ、動物に思いは届かないからね」


彼女の話を聞きながら、俺はもう一度、瞬いた。









百々子さんとヒューにさよならして、家に帰った俺は、自宅のパソコンでインターネットを開いた。

《ドッグトレーナー》で、ページを検索すると、たくさんの情報がアップされる。

ドッグトレーナーには、ちゃんとした資格があるらしく、専門学校や通信講座でそれを取得できるそうだ。


食い入るようにパソコンの画面を覗いていると、


背後から母さんに声をかけられた。


「帰ってたの?いつもより早いじゃない」


俺が振り返ると、母さんは眉をひそめた。


「ずいぶん日焼けしたわね〜」


当然だ。毎日のようにこの炎天下の中、ヒューと遊んでいるのだから。もちろん、予備校をサボっていることは母さんに内緒で。

俺の日焼けを怪しんだ母さんは、半眼で睨みながらつづける。


「あんた、ホントに予備校、行ってるの?」


俺は、母さんの顔を見つめ返しながら、答える。


「もう、行かねーよ。予備校、辞める」


母さんは面食らったようだった。ビックリ顔の母さんを見つめたままでほほ笑み、つづけた。


「やりたい事、見つかったからさ」







このときだったと思う。



なにも夢中になれなかった俺が、



生まれて初めて、《夢》を持ったのは………。





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