《MUMEI》 . 将太と別れてから、家に帰るとお母さんが居間でくつろいでいた。テレビをぼんやり眺めていて、わたしが帰ってきたことに気付いていないようだ。 いつもなら、声をかけるのも面倒で、そのまま2階へ行ってしまうのだが。 「………ただいま」 わたしの声にお母さんは驚いて振り返る。 「お、お帰りなさい……」 なんだかしどろもどろだ。日常的な挨拶のはずなのに。 その様子が可笑しくて、わたしはついほほ笑んでしまう。お母さんも、つられて笑った。 何ヶ月振りだろうか。 こんな風に穏やかにお母さんと笑い合ったのは。 わたしが居間へ入ると、ヒューもついて来た。ヒューは遊び疲れたのか、リビングの片隅にあるヒュー専用のクッションの上に寝そべった。 お母さんはヒューを見つめながら、呟く。 「最近、たくさん遊んでるのね」 当然だ。毎日のように、将太とキャッチボールをしたり走り回ったりしてるのだから。もちろん、将太の存在はお母さんに内緒で。 わたしはダイニングの椅子に腰掛け、ため息をついた。身体は、やっぱりだるい。日に日に悪くなっている気がする。 お母さんは心配そうな声で、わたしに言った。 「外出するのは構わないけど、くれぐれも無理だけはしないでね」 わたしはゆっくり瞬く。 それからお母さんに視線を向ける。 「………あまり顔色も良くないし、ご飯もほとんど食べないじゃない」 お母さんの不安そうな表情を見つめながら、わたしはほほ笑んだ。 「心配しないで。わたしは、大丈夫だから」 …………最近ね、楽しいんだ。 毎日、ヒューと将太の無邪気な姿をぼんやり眺めて、 なんだか自分まで一緒に走り回ってるような気がして。 冷め切ったわたしの心が、 どんどん、解れていくの。 身体は限界が近いのかもしれない。 明日は、やって来ないかもしれない。 それでも、 わたし、今、 とても、とても満たされてるの。 それって、すごいことだよね? お母さんはなにも言わなかった。 ただ、悲しそうに瞳を揺らしながら、 ほほ笑んだ。 . 前へ |次へ |
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