《MUMEI》 . −−−予備校、辞める。 その台詞に、始め、母さんはグダグダ文句を言ってきた。でも、俺がドッグトレーナーになりたいと思っていることが伝わったのか、それとも俺に期待するのを諦めたのか、そのうちなにも言わなくなった。 代わりに、俺の顔を見るたび、深々とため息をつくようになった。 そして俺は、そんな母さんに気づかないフリをした。 そんなこんなで。 俺は自分で決めた夢に向かって、努力することを心に誓ったのだった。 「最近、明るいね」 不意に百々子さんが言った。ヒューと遊び疲れた俺は、彼女が座っているベンチに腰掛ける。 百々子さんは、悪戯っぽく笑う。 「いいこと、あったの?」 俺は汗を拭いながら、得意そうに、まあね、と言った。 「なりたいもの、見つかったからさ」 すると、百々子さんはパッと顔を輝かせる。 「なになに?教えてよ!!」 興味津々といった感じで身を乗り出してくる。その顔がかわいらしくて、俺はつい意地悪をしたくなった。 「ダメ、内緒。今は教えない」 百々子さんは、えー?と不満げに声をあげた。 俺は笑いながら、答える。 「今はまだ準備中だから。ちゃんと決まったら、教えてあげるよ」 高校を卒業したら、ドッグトレーナーの専門学校に進学するつもりだった。 彼女を驚かせたくて、内定を貰ってから報告しようと目論んでいたのだ。 だから、今の時点では、百々子さんに秘密にしていたかった。 百々子さんは頬を膨らませて、「ケチ!」と文句を言う。 「準備中だなんて言いながら、ヒューと毎日遊んでて、平気なの?」 彼女の質問に、俺は力強く頷き返す。 「俺が俺のままで、いられる夢だからさ」 百々子さんは一度瞬き、それからほほ笑んだ。 「頑張ってね」 ヒューはわけが分からず、俺たちを交互に見ながら、キョトンとしていた。 俺は、それを目の当たりにして、笑顔を浮かべる。 百日草が咲き誇る、この公園に、 たくさんの蝉の鳴き声と、 俺たちの明るい笑い声だけが、響いていた。 このとき、俺は間違いを犯した。 俺の夢を、彼女に教えなかったことを、 −−−今でも、後悔している。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |