《MUMEI》

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家に帰ったら、見覚えのある靴が、玄関に並んで置いてあった。


よく手入れされた黒い、革靴。


わたしはそれを見つめて、記憶をたどった。





−−−ずっと昔に。



わたしが、まだ元気だった頃、



大切だった《彼》と、



一緒に選んだ革靴だ。





わたしはゆっくり顔をあげた。

家の中は、ひっそりとしている。おそらくは、また、わたしが留守のうちに、どうでもいいことを話合っているのだろう。

わたしはため息をつき、ヒューを連れて家にあがった。



音を立てないように、リビングに忍び寄る。

ヒューはわたしの様子を訝しんで、小さく鼻を鳴らした。わたしはヒューを振り返り、静かに、と命令した。

それから、リビングを覗く。

ダイニングの方から、ひそやかな話し声が流れてきた。



お母さんと、

そして、若い男の、声。



「………最近は、寝てばかりで、起きてるのが辛いらしいの」


「先生に相談はしたんですか?」


「それが……あの子が嫌がって。病院に行ったって、もう意味がないって言い張るのよ」


「とにかく、一度、検査したほうが………もし、マーカー値が上がっていたら、取り返しがつかなくなりますよ」


「それは、わかってます。でも……あの子が……」



わたしの、想像通りの会話を繰り広げる二人。

ほかに、話すことはないのだろうか、と呆れてしまう。


わたしはため息をついて、リビングに入った。


「ただいま」


平静を装い、声をかける。

二人は、ビクリと肩を揺らし、そして恐る恐る振り返った。


ダイニングの椅子に腰掛けていたのは、


お母さんと、あと、もうひとり。



−−−祐樹だった。



わたしは、祐樹の顔を見つめて、呟く。


「………なにしてるの?ひとの家に上がり込んで、図々しいひと」


冷徹に言い放つと、お母さんが「百々子!」とわたしをたしなめた。


「心配して来てくださってるのに、なぁに、その口のきき方は!!」


珍しく、わたしを怒った。

それでもわたしは怯まない。

次にお母さんを見て、眉をひそめる。


「お母さん、どうかしてるんじゃない?祐樹とわたしは、もうなんの関わりもないんだよ?」


お母さんは首を振った。


「あなたが、わざと関わらないようにしてるだけでしょう!?」


関わらないように、している。

あながち、ハズレではない。


わたしは瞬いた。


「当たり前じゃん、そんなの」


わたしは、もう祐樹と関わりたくない。

それはほかでもなく、祐樹自身が望んだ結果だ。


「もうわたしの傍にいられないって、なにもしてやれないって、祐樹が、言ったんだよ?」


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